護王神社

最初は護王神社。京都御苑の西隣り、烏丸通(からすまとおり)沿いにある。狛犬ならぬ狛猪で有名。足腰の神様としても。

祭神

  • 和気清麻呂公命 (わけのきよまろこうのみこと)
  • 和気広虫姫命 (わけのひろむしひめのみこと)

日本史で出てくる有名な皇室の危機、宇佐八幡宮神託事件=道鏡事件。769年(奈良時代)に弓削道鏡(ゆげのどうきょう)に誑かされた称徳天皇(女帝)が宇佐八幡のご神託があったという口実で道鏡に天皇の位を譲ろうとしたときに「確認して来たけど違ったぜ」と言ったことで皇室の血筋は護られたが代わりに酷い目に合わされた姉弟の話。姉が広虫、弟が清麻呂。
この人がいなかったら皇室はもちろん日本の歴史が大きく変わっていました。(きっと)
そんな訳でまさに「護王」。

ちなみに第46代天皇の孝謙天皇が一度退位して淳仁天皇の後に重祚して第48代天皇の称徳天皇になった。要するに称徳天皇=孝謙天皇です。
称徳天皇は道鏡の被害者ではなく寧ろ積極支持者だったので余計なことしやがって扱い。敵対者に酷い名前を付けて迫害する暗黒面もあったようで、和気清麻呂には別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)、広虫には別部狭虫(わけべのさむし)と名前を変えさせたのは有名なエピソード。

京都駅から南北に伸びる京都市営地下鉄の烏丸線(からすません)の丸太町(まるたまち)駅2番出口から北に490m徒歩約6分、今出川(いまでがわ)駅から南に730m徒歩約9分。烏丸通り沿いにある。通りの反対側はずっと御苑の壁。

護王神社 1
烏丸通に面した鳥居前は歩道が狭く正面からは鳥居は撮れないので斜めから。鳥居のすぐ前に駒猪が居る。手前側の瓦屋根の上にも。

護王神社 2
表門から中を観る。表門の奥は拝殿。表門の手前の中央に見えている柱のようなものには「千度詣」「足萎難儀回復御守護石」「祈願詣」と書かれている。上部の黒い石は回るようになっている。使い方不明。和気清麻呂が流罪になる際に足の腱を切られたのが宇佐八幡に参ったら治ったという話が足萎(あしなえ)難儀回復のご利益に。

護王神社 3
拝殿。その前の狛猪は霊猪像(れいちょぞう)。この神社が猪だらけなのは和気清麻呂が鹿児島に流罪になった際に途中で宇佐八幡(大分県)に寄ることにした際、300頭の猪が現れて道鏡が放った刺客から和気清麻呂を守ったというお話から。

護王神社 4
表門側(東側)の手水舎。普通の神社の手水舎では龍神の口から水が出ていたりするのだが、もちろんこの神社では猪。猪の鼻を撫でると幸せになるとかならないとか。

護王神社 5
中門前にある招魂樹(おがたまのき)。木の根元に串のようなものが沢山刺さっているのが座立亥串(くらたていぐし)というらしい。願掛けの何からしいがよく知りません、ごめんなさい。

護王神社 6
喜多門(北側)の近くにも手水舎がある。

護王神社 7
喜多門の前にあるのが和気清麻呂像。

護王神社 8
和気清麻呂像の後ろにあるのが「さざれ石」。さざれ石自体は他でも見られるが、ここのさざれ石は大きい。苔もむしてるし。横には誇らしげに「日本一のさざれ石」と彫られた岩板がある。

護王神社 9
針供養を行う「針乃碑」。結構大きい。この神社と針供養にどのような関わりがあるのかは知りません。針供養では蒟蒻に針を刺すのだとか。周りは和裁関係の団体の名前がずらり。さすが京都。

護王神社 10
御朱印。多くの神社では字の部分が朱だが、護王神社のは字の部分が白抜き。印の押し具合が良くないのは御朱印帳の最後から2ページ目で、ちょうど御朱印帳カバーの段差が裏にあったから。カバーを外さずに渡した私の失敗。



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