北野天満宮

西陣エリアを抜けて北野天満宮に向かいます。

北野天満宮は京都の天満宮の本拠地。学問の神様なので学生と引率の先生達&ガイドだらけ。
以下の写真では人が殆ど写っていませんが、学生(特に女学生)を写真に入れるのが憚られたので学生がいない=人がいない瞬間を狙いました。

主祭神

  • 菅原道真公

相殿神

  • 中将殿 (道真の長男である菅原高視のこと)
  • 吉祥女 (道真の正妻である島田宣来子のこと)


首途八幡宮から今出川通を1.1km(徒歩約14分)西進すると北野天満宮前に出ます。最寄りのバス停は「北野天満宮前」、大鳥居前すぐ傍です。京福電気鉄道北野線の終点「北野白梅町駅」から500m徒歩約6分。嵐山方面にはこの嵐電が便利。(京都駅方面に行くにはあまり向かない)

北野天満宮 1
今出川通を西進すると上七軒交差点から今出川通が少し左に曲がる。ここで今出川通から離れて少し右の通りに入ると花街の1つである上七軒に。道に石畳が敷いてあり少し良い雰囲気。ただし、路駐の車が多いので必ずしも景観が良いわけではない。上の写真はたまたま車が掃けたので撮ってみた。

北野天満宮 2
上七軒を通り抜けると北野天満宮の東門に出る。上七軒の通りは北野天満宮の東参道だったんですね。

北野天満宮 3
東門から入らずに御前通を南下し表参道の一の鳥居側に出る。大鳥居前はバス・タクシーの乗降車ができるくらい広くなっている。

北野天満宮 4
二の鳥居周辺。

北野天満宮 5
二の鳥居から楼門までの間には牛の像(臥牛)が幾つかある。かなり撫でられているようで色が違っている。

北野天満宮 6
巨大な楼門。

北野天満宮 7
絵馬所の西にある宗像社。

北野天満宮 8
左から猿田彦社、稲荷神社、一之保神社・奇御魂神社、豊国社・一夜松神社・野見宿祢神社

北野天満宮 9
正面が三光門。左は老松社と福部社。右は火之御子社と白太夫社。

北野天満宮 10
臥牛を撫でている人達の右の石碑が菅公詩碑。読めないのが残念。

北野天満宮 11
三光門。扁額の「天満宮」は後西天皇の字とのこと。ここから回廊の内側になる。

北野天満宮 12
巨大で立派な拝殿。中央の人達の左側の木が梅、右側の木が松。

北野天満宮 13
東回廊の外側を社務所前から。御朱印は回廊の内側の神札授与所ではなく社務所で。

北野天満宮 14
本殿・拝殿の西側。

北野天満宮 15
桜の木の右側が八社。木の間に見えているのが七社。間に二社と四社あるのは見えていない。

八社: 右から 福部社、高千穂社、安麻神社、御霊社、早取社、今雄社、貴布禰社、荒神社
二社: 右から 神明社、文子社
四社: 右から 夷社、松童社、八幡社、若松社
七社: 右から 那伊鎌社、一拳社、周枳社、宰相殿社、和泉殿社、三位殿社、大判事社

本殿の後ろの12社は撮っていません。

多すぎ・・

北野天満宮 16
文子天満宮(あやこてんまんぐう)。文子というのは菅原道真公の乳母だった(という説と親類の女童だったという説とある)多治比文子(たじひのあやこ)のこと。夢の中で天神となった菅原道真から右近の馬場で天神を祀るように託宣があったが、貧乏だったので最初は自宅に祠を作ったらしいが後に指定された右近の馬場(北野天満宮現在地)に祀った。これが北野天満宮の始まり。
文子天満宮は元々は多治比文子の自宅跡にあったらしいが明治に入って現在地(北野天満宮の東北角)に移された。
京都市下京区の文子天満宮との関係は不勉強で解りません。

北野天満宮 17
御朱印


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