小谷城・大嶽城 その5

小谷城 81
分かれ道を右折して月所丸に向かう。この道標によると100mとのことだが、実感としてはかなり遠く150~200m。

小谷城 82
道が細くて崖沿い。そしてこの日は少なくともヒューマン以上の巨大哺乳類の排泄物が狭い道の真ん中にドーン。犯人がヒューマンならふざけんなというところだが、そうじゃなければ熊?どっちにしても怖い。そして巨大なキノコ様のものを食い散らかした跡が。噛んでみたけど不味かった?
落ち葉などの堆積物が道を覆っているので雨の後は注意しないとズルッといく。

小谷城 83
月所丸の説明板の場所に到着したがとても狭い。そしてどの向きに構造が繋がっているのかイマイチわからない。

小谷城 84
月所丸(げっしょまる)
小谷城から山続きに越前へつながる「越前忍道」の途中に築かれている。近江では数カ所でしか用いられていない畝状の堀が、北側に設けられている。二重の高い土塁は、京極丸・御馬屋のそれと共に、小谷城の土塁のなかでは出色の出来である。東側の最先端には、土塁の外に二重堀切が設けられ、図にはないが、さらにもう少し東に堀切がひとつ穿たれている。月所丸という名は記録にはなく、後年、地名から名付けられた。

現在地が図の左なのか右なのかわからない。う~ん、左のような気がするけどなぁ。
月所丸はこの説明板を見るだけで引き返した。

小谷城 85
道の分岐点まで戻り、元の直進ルートを進む。分岐点からはかなり急な上り坂でしかも1段が高い階段。階段の左右の坂道を通りたいところだけどズルっと滑る。急激に体力レベルゲージが低下。そして汗がどっと吹き出し息が切れる。(ビルの階段を2階分登ると息切れする人です。)

小谷城 86
一度平坦な道になったかと思えば再び階段地獄。

小谷城 87
山頂にかなり近づいたところにある岩尾に到着。左に展望できる場所がある。
なお、岩尾近辺は更に道が悪くなり茂みをかき分け倒木(倒枝)の下をくぐり蜘蛛の巣を祓いながら進むことに。そしてそこいらじゅうの植物の葉の上や地面に体が豆粒様で異常に足が細長~い蜘蛛の様な虫(ザトウムシ)がいっぱいいて気持ち悪い。
それとは別に岩尾で景色を眺めていると上から蜘蛛がボトボト降ってくる。コワッ

小谷城 88
左寄りの雲がかかった山が伊吹山。その手前にある画面中央の山の奥が関ヶ原。

小谷城 89
長浜市の田園地帯。写真の中央辺り(山の手前側)が石田三成の故郷の石田町。

小谷城 90
いよいよ小谷山の山頂っぽうところにたどり着く。立て札があるが、山の上は狭く何故か凄くガッカリさせられる。

小谷城 91
大嶽(おおづく)
小谷山の頂上に造られた曲輪であるが、浅井氏の初期段階においては小谷城の主郭が置かれていたと考えられる。その後、主郭は東側尾根に移った。山崎丸・福寿丸同様、信長侵攻に対抗するため、朝倉氏によって改造された曲輪である。土塁で囲まれた主郭の周囲に、孤を描くように横堀や段々状の曲輪が形成されている。また、西側の福寿丸の尾根続きには竪堀が掘られ、北側には二重の堀切がみられる。南側は高い切岸(きりぎし=崖)によって守りを固めている。

小谷城 92
山頂で休憩の後更に西に繋がる道を少し歩いたところでふと右の暗い方を見ると何かある。

小谷城 93
山頂に何も無くてガッカリしてたが、奥に隠れて広い平地があったわけだ。
説明板の絵では山頂は結構広そうなのにあまりに違っていて変だなとは思ってた。

小谷城 94
大嶽の最上段から西側に1段ほど降りたところに「赤谷荘方面」と壊れた福寿丸の道標がある。

小谷城 95
更に1段下の方に開けて明るい場所が。

小谷城 96
西側。琵琶湖の北部に浮かぶ島、竹生島が見える。

小谷城 97
上の写真のもう少し右側。中段の琵琶湖の手前に見える高い山(左寄り)が上から読んでも下から読んでも「山本山」、その山本山の右側の山の低い部分がずっと右に延びてる部分が232基の古墳がある古保利古墳群(こぼりこふんぐん)。
その後ろに湖の一部が見えてそのさらに奥の山というか半島っぽいのが沿道3000本の桜が絶景として有名な奥琵琶湖パークウェイのある西浅井町。

小谷城 98
小谷山の西側の尾根をそのまま進んで福寿丸、山崎丸を巡り下山というのもありだが、大嶽で景色を満喫したら引き返すことに。
登りの途中では後ろ側だったので気付かなかったが岩尾付近に東方向を臨む場所があった。東北側・北側・北西側を見ることができる場所はとうとう無かった。

段差の高い階段の下りは足が攣るし何気に地獄でした。
小谷城本丸はまだ理解できるという程度の山の上だが大嶽は本当にここに城を建てたやつ頭おかしいだろっていうほどの山の上、地上から1回登り降りしたらヘロヘロになっちゃう。昔の人は健脚とはいってもさすがにこれはキツかったのかそれで東の低いところに城郭が移されたのかもね。(足腰弱い人の勝手な想像)

小丸まではハイキング感覚で登れるが大石垣の後の山王丸から大嶽はトレッキング用の装備を推奨。夏場は1.5リットル以上のスポーツドリンク、濡れタオル、軍手、蜘蛛の巣を払う為の50cm以上の棒か杖も。

途中で何度も休憩したこともあって番所跡から大嶽の往復で4.5時間。徒歩で地上から大嶽の往復なら6時間くらいになるかも。体力に自信がないと地上から大嶽の往復はつらいと思う。

小谷山は山の外を見ることができる場所は数える程度だがそれなりに景色は良いと思う。そして主役の城は建物こそ欠片も無いものの意外と見所十分で山城を満喫できる。山城なんてツマンナイと思っている人でも楽しめるのではないかと。
あと、小谷城には想像図の説明板があるのが良いよね。何も無いと情報不足で想像力の働かせようがないが、こんな感じよっていう絵を見せて貰えるとそこから想像が広がるというもの。

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