大宮 氷川神社

年末年始にかけてルーター不調やPC故障でネットが満足に使えない状態だったので大晦日の記事を今頃(2015/01/17)アップ。下書きが大晦日なので記事日付は大晦日になります。

大宮の氷川神社に参拝して来ました。
武蔵国の一宮(いちのみや)であるということですが、東京都多摩市一ノ宮にある小野神社も武蔵国の一宮。
大晦日ということもあり初詣に向けて二の鳥居から三の鳥居にかけて500mの間に両側ぎっしりと多数の屋台が準備中でした。翌日の大混雑が目に浮かびます。大晦日に行って正解でした。

祭神
  • 須佐之男命 (すさのおのみこと)
  • 稲田姫命 (いなだひめのみこと)
  • 大己貴命 (おおなむちのみこと)

稲田姫(古事記では櫛名田比売クシナダヒメ、日本書紀では奇稲田姫クシイナダヒメ)は八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の生贄にされそうになっていたところを須佐之男により助けられ結婚する。稲田の神。
大己貴(大国主)は古事記ではスサノオとクシナダヒメの6代先の子孫。

一番北の緑のマーカーが氷川神社。赤いマーカーが鳥居で南から順にから「一の鳥居」、「二の鳥居」、「三の鳥居」。
一の鳥居から三の鳥居までの表参道(氷川参道)が1.9km徒歩約23分と非常に長い。一の鳥居は大宮駅よりさいたま新都心駅の方がはるかに近い。
大宮駅東口から三の鳥居までは1.5km徒歩約18分です。

大宮氷川神社 1
二の鳥居前。
鳥居より手前の社号標の横まで出店が。 ここから道を挟んで(氷川神社入口の信号より)南側の遊歩道(氷川緑地)には出店は無し。また、氷川参道と大宮駅から東に延びる県道214号と交わる交差店から一の鳥居までは普通の車道です。
今回は一の鳥居は遠いので廻りませんでした。

大宮氷川神社 2
同じく二の鳥居。木造鳥居としては国内で最大とのこと。

大宮氷川神社 3
境内の中に入って正面に見えているのは楼門。

大宮氷川神社 4
中央が拝殿。拝殿の後ろに屋根だけ見えているのが本殿。初詣の為にフェンスがあちこちに。

大宮氷川神社 5
左が門客人神社(もんきゃくじんじんじゃ)。祭神は脚摩乳命(あしなずちのみこと)・手摩乳命(てなずちのみこと)。稲田姫の両親です。
元は荒脛巾神社(あらはばきじんじゃ)。氷川神社公式の案内には書かれていませんが荒脛巾神が祀られている筈。荒脛巾神は元々この地の地主神。

右が御嶽神社(みたけじんじゃ)。
祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)・少彦名命(すくなびこなのみこと)
少彦名は神皇産霊神(かみむすび)の子(古事記)、高皇産霊神(たかみむすび)の子(日本書紀)で大己貴(大国主)の国造りを助けた。

大宮氷川神社 6
松尾神社。祭神は大山咋命(おおやまくいのみこと)。大年神の子で山の地主神。比叡山と葛野(京都)の松尾に鎮座する。

大宮氷川神社 7
松尾神社の後ろの池の出島に浮かぶ宗像神社。
祭神は多起理比売命(たきりびめのみこと)、市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)、田寸津比売命(たきつひめのみこと)
スサノオがアマテラスの治める高天原へ昇った時、アマテラスはスサノオが高天原を奪いに来たと思い武装して出迎えた。
スサノオは邪心が無いことを証明するために誓約(うけひ)を提案。アマテラスはスサノオの所有物である「十拳(とつか)の剣」を3つに折りそこから3柱の女神を生んだ。
この3柱の女神が多起理比売、市寸島比売、田寸津比売。所謂宗像三女神で海上交通の守護神。スサノオの所有物から生まれたのでスサノオの子ということになっている。

大宮氷川神社 8
同じく宗像神社。

大宮氷川神社 9
宗像神社から池越しに神橋と楼門方向。

大宮氷川神社 10
稲荷神社。祭神は倉稲魂命(うかのみたまのみこと)。

大宮氷川神社 11
同じく稲荷神社。氷川神社の境内の中でここだけ雰囲気が違う。

大宮氷川神社 12
天津神社(あまつじんじゃ)。祭神は少彦名命。

大宮氷川神社 13
六社。
山祇神社 祭神は大山祇命(おおやまつみのかみ)。イザナギ・イザナミの子で足名椎命、手名椎命、大年神、倉稲魂の親。
石上神社 祭神は布都御魂命(ふつのみたまのかみ)。人神ではなく霊剣。建御雷神が使った剣。
愛宕神社 祭神は迦具土命(かぐつちのみこと)。イザナミが死ぬ原因になった火の神。
雷神社 祭神は大雷命(おおいかづちのみこと)。黄泉の国で腐敗したイザナミから生まれた雷神。
住吉神社 祭神は底筒男命(そこつつのおのみこと)、中筒男命(なかつつのおのみこと)、表筒男命(うわつつのおのみこと)。墨江三前大神(すみのえのみまえのおおかみ)、所謂住吉三神。
神明神社 祭神は天照大御神。


住吉三神はイザナギが黄泉の国から戻って筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原(ちくしのひむかのたちばなのおどのあはきはら)の川で禊を行った時に生まれた神。その後に三貴子(アマテラス、ツクヨミ、スサノオ)が生まれる。
ちなみに筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原は祓詞にも出てくる地名。九州の何処か(宮崎とか福岡とか)。

大宮氷川神社 14
御朱印

サラダパン

滋賀県北部といえばテレビなどのメディアで紹介されて有名なサラダパン。長浜市木之本町「つるやパン」の名物パンです。

「つるやパン」は琵琶湖の北端、余呉湖(よごこ)の東。JR北陸本線で長浜駅から4駅北の「木ノ本駅」から500m徒歩約6分。

サラダパン 1
こちらがサラダパン。見た目はコッペパン。コンビニなどでよく見かけるヤマザキのコッペパン ジャム&マーガリン(写真 下)の仲間のよう。

サラダパン 2
たくわんとマヨネーズ、慣れない人にとって恐ろしい内容。
ラベルに書いてある所在地は工場のもの。「つるやパン」店舗の所在地は滋賀県長浜市木之本町木之本1105。

サラダパン 3
開いてみるとこんな感じ。そんなに沢山入っているわけではない。

食べてみると、「たくわん」と思えばたくわんだが知らずに食べればよく解らない、なんかコリコリ、そんな感じ。鼻が利かなければだけど。
テレビ朝日の「シルシルミシルさんデー ご当地パンNo.1決定戦SP」(2014年6月29日放送)では大絶賛してたけどそこまでかな〜? でもまぁ美味い。

サラダパン最大の弱点は「コッペパン」なので、パンが焼けてからの時間が勝負過ぎること。コッペパンは時間が経つほどに柔らかさと味が壮絶に劣化するので、モサモサになってしまうとこのサラダパンも全く美味くない。
ヤマザキのコッペパンも店に並んだ瞬間くらいに買えば、手で持ったらパンがペチャッと潰れる程に柔らかく結構美味しいのだが、半日も経つと全然潰れないフカフカした状態になって食べるのが苦痛になるのでお解かりいただけるだろうか。学校給食で出てくるコッペパンがモッサモサのパッサパサで不味くて飲み込めないのも同じ。
シルシルミシルさんデーではどうやってこのコッペパンの問題を克服したのか不思議で仕方ありません。

ちなみに、弩田舎の木之本まで行かなくても滋賀県内の平和堂、アル・プラザ(平和堂)、フレンドマート(平和堂)、ビバシティ(平和堂)、イオン、イオンモール、マックスバリュー(イオン)、ベイシア、近鉄百貨店の一部には入荷する日があります。販売曜日が限られる店が多いので注意。
「サラダパン 平和堂」などのキーワードでググると販売店舗のリストと販売曜日が纏められた情報を得ることができます。ただし、流通にかかる時間と店で出されてからの時間があるので、持ってみてパンが柔らかければ購入、固ければ止めたほうが無難かと。
おみやげとしては速攻で運べて速攻で食べて貰える場合に限ると思います。

彦根城 その4

彦根城 4-1
中を覗き込んだところ。こういうのをもっとしっかり見たいんだけどねぇ。

彦根城 4-2
玄宮園側を見る。見えている橋は七間橋。右の方が枯山水風の石群。

ここから玄宮園(げんきゅうえん)。楽々園部分は無料だが玄宮園は有料で大人200円。ただし、彦根城入場券は玄宮園とセットなので追加支出は不要。
ここでホケ〜と眺めるのが好きなんだけど、現在は池の護岸調査中とかで水が殆ど抜かれていて綺麗な眺めは望めない。来城前の予定では鳳翔台でお茶でもと思っていたが、水が抜けてると猛烈にヘドロ臭くてお茶という気分ではなく断念。

彦根城 4-3
臨池閣(りんちかく)。

彦根城 4-4
龍臥橋(りゅうがはし)。

彦根城 4-5
武蔵野側から鶴鳴渚(かくめいなぎさ)の方。調査を行っていた。

彦根城 4-6
鶴鳴渚の辺り。こちらも調査中。池の縁は湖底が見えている。玄宮園は何度か来ていますがこんなの初めて。ある意味貴重だが正直残念感の方が強い。

彦根城 4-7
失念。何橋だったろうか。

彦根城 4-8
東側から見る。

彦根城 4-9
玄宮園の東口。今回はこちらから出た。既に体力切れなので本当ならのんびりしたい玄宮園だが5分で抜けてしまった。護岸修理が終わったらまた来ます。

彦根城 4-10
内堀とその中は彦根城博物館。こうやって御殿風の屋根だけが見えるのも良いです。

彦根城 4-11
同上。

黒門山道を降りた頃には疲れ果ててその後グダグダ。
彦根駅前の近江ちゃんぽんの有名店「ちゃんぽん亭総本家」でちゃんぽんを食べて終了。長崎ちゃんぽんと違うのは殆どタンメンなこと。いや、殆どどころか全部だな。美味いけど。

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